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桃源郷は狂気を孕むか300DL記念SS


300DL 記念SS
『本当の楽園』

真澄視点
前日談~作品直後の話

私情により遅れたこと大変申し訳ございませんでした。
主人公視点の後日談は500DL後にあげます。

 俺は小さなグラスを傾ける。溶けて形を失いつつある氷が薄いガラスとあたってカランと音を立てた。ガラスの中の琥珀色が、雰囲気のいいライトにきらきらと照らされてまるで宝石のようだ。
もしこの隣にいたのが愛しい人ならばもっと楽しめたのかもしれないと思いながらちらりと横目を向ける。
隣にいるのは白井義一。彼女と同じ会社で働いていて、彼女直属の上司だ。顔立ちは綺麗なものだが、眉間によったしわが彼を厳しそうな怖い人間という印象を与える。
まあ、人は見かけによらないと入ったもので、彼は以外にも家族思いの良き父親であり、部下や後輩思いの典型的ないい人だった。
特定の人物に対して特別扱いをしないし、結婚をしていて奥さん一筋なので安心して彼女を任せられる。
もし、ちゃらんぽらんでいい加減な上司だったら殺していたかもしれない。だって、そんなやつに大事な人を任せておけないから。
「時任君は、彼女とはどこで知り合ったんだ?」
「大学でです」
「へえ、大学から付き合っていたのかい?」
「いえ、大学で彼女と知り合いましたが、付き合いだしたのはつい最近なんです」
「ほう、そうかそうか」
嘘ではないが本当でもない。
彼女を大学で見かけたのは本当だ。知り合ったというのは聊か言いすぎかもしれないが。
家の近くの大学の敷地はかなり綺麗で広く自然豊かなので散歩にはちょうどいいのだ。だから、原稿に煮詰まったときたまに散歩に行っていた。
そこで今より若い彼女を見かけた。
はっとした。頭が可笑しくなったのかと思った。身なりや髪の毛の色は少し違うもののその雰囲気があの子そのものにみえたからだ。
そう、俺が殺したあの子にありえないほど似ていた。
彼女は俺のことなんて眼中になく、そのまま講義棟の中に入っていってしまった。
最初は、きっとスランプと後悔が見せた幻だと思っていた。きっと俺はまだ始めての小説を途中で打ち切ってしまったことに未練があってそのせいでそんな幻覚を見てしまったのだと。
しかし、それは違った。
次の日の夜、編集者との打ち合わせの帰りに寄った俺があの本の中であの子と出会った場所に彼女は現れたのだ、それも、犬を連れて。
少し違ったのは、彼女の犬は黒いふわふわの犬ではなく、大きなゴールデンレトリーバーだったこと、それから男を連れていたこと。
ふたつの意味で頭を鈍器で殴られたような衝撃が俺を襲った。
まず、あの子に良く似た彼女は現実にいたこと。幻覚なんかではなく実在していたこと。
そして、男を連れていたこと、その事実に足がふらつく。
「姉さん、トロトロ歩いちゃチロルが可哀想だよ」
「じゃあ、優君変わってよ」
「無理無理、だって俺両手に荷物あるもーん」
「コンビニの袋と、郵便物でしょ!」
「きこえませーん」
「優君の馬鹿」
目の前を仲がよさげな彼女達が通り過ぎていく。
ああ、彼らは姉弟なのか。よく見れば目元がよく似ている。
体の力が抜ける感覚がして、近くのベンチに座り込む。
夢じゃない、幻じゃない、君は俺の元に再び現れた。
まるであのときの姿のまま再臨したかのように美しいままで。
彼らの背中を見送る。一瞬視界がぐにゃりと曲がって優君と呼ばれていた弟の姿が自分の姿に置き換わる妄想にとらわれる。
ああ、違う。妄想なんかじゃない…これは未来予知だ。将来、あの位置は必ず俺のものになる。俺は彼女と犬を連れてここを散歩するんだ。
左薬指にあの時渡せなかったお揃いの指輪をはめて幸せそうに。そう、あの時予言めいたものを感じたのだ。
「時任君?」
「え、ああ…すいません、つい彼女との馴れ初めを思い出していまして」
「はは、わかるよ。その気持ち。私も妻と出会った日の事を機能のように思い出すときがあるんだ」
「どんな方なんです?」
「私の妻はね…」
白井の話に相槌を打ちながら俺は別のことを思い出していた。彼女に出会ったあの日から今日までのことがあふれてあふれてとまらなくなってくる。これが酒の力だろうか。
あの日、彼女の背中を見送った後、俺は彼女の身辺について調査を行った。使える筋は全て使って。そして考えた。どうやったら二度と悲劇を繰り返さないのか、俺たちのハッピーエンドへの道筋はなにかを。  まず、あの子と俺との失敗を考えた時、周囲を味方につけることから始めた。
白井とはこのバーで知り合った。偶然の出会いを装って店に入り、まずはこの店のマスターと仲良くなり、常連の情報を聞き出し、白井に近づいた。白井は特に会社の人間や友人の類と楽しく飲むためにというより、自分の好きなウィスキーをゆっくり嗜むために通っているようだったので、ウィスキーに関して知識を仕入れ、自分もウィスキーが好きだと言って徐々に距離を詰めていき、今では立派な呑み友達だ。
 ひとりウィスキーを嗜むためとはいえ、やはり会社外の友人ができたことが嬉しかったのだろう。白井と打ち解けるのはかなり早かった。
 最初は、本当に利用するためだった。今でもその意思は変わらない。しかしながら白井は知識が豊富で話の面白い人間だ。自分はあまり特定の友達というものと長続きしないタイプだが、白井とはこれからも上手くやっていけそうな気がする。
「さっきから言おうと思っていたんだが、鞄からファイル飛び出してるぞ」
「え…ああ、本当だ」
 鞄から原稿を挟んだファイルが出てしまっていた。これは、次回作の原稿のコピーだ。
「そういえば、真澄君は作家さんだったね」
「ええ、まあそこまで売れてませんが」
「そんなご謙遜を、郷楽先生」
「ま、マスター…」
 頼んでいたウィスキーのおかわりを持ったマスターが俺と白井の前にグラスを置いて笑う。
「この前も本屋で何万部突破で増刷みたいなポップ見ましたよ」
「たまたまですよ」
「いいや、俺も見たよ時任君。ああそれからこの前のも買わせてもらった。非常によかったよ」
「いや…その…ありがとうございます」
 こうして作家として読者に直接褒められることは少ない。インターネットのレビューなどはたまに見る方だが、読者はあまり感想を書かないのだ。俺はそれでも特に構わないが、こうして褒めてもらえると、素直に嬉しい。
「時任さん、それはまさか新作原稿?」
「ええ、そうなんですが。一応まだ完成ではないので」
「じゃあ近々時任くんの新刊が発売されるわけだな。楽しみにしてるよ」
 ウィスキーを少しだけ煽ってにっこり笑う白井に笑みを返し原稿を鞄にしまう。しかし、何故此処に原稿があったのかと思い返してみる。ああ、そうだ、今日は昼は彼女の弟の優君に会うはずだった。その時に約束通り渡すはずだったが、彼に大事な用が入ってしまったらしく会えずじまいになってしまった、だからここに残っているわけか。
 彼女の弟、優は彼女によく似ていた。明るく単純で何事も疑うことを知らないところなんて本当にそっくりだ。だからこそ、扱いやすく騙しやすい。
 最初に出会ったのは彼のバイト先の本屋だ。そこに赴き俺から声をかけた。彼の好みの作家は既にリサーチ済みだったので、その作家の本の名前を出してこの本は何処だと何度か尋ねた。それなりに昔のマイナーな作家だ、なかなか知っている人、ましてや話のあう人なんていなかったのだろう、俺が尋ねると向こうから声をかけてくるようになった。
 お客さんと呼んでいたのが真澄さんに変わるまでそう時間はかからなかった。
 馬鹿単純になんでも信じるものだから、本当に面白かった。ああ、別に馬鹿にしているわけではない。ただ今までこんなに純粋な男を見たことがなかったので驚いていただけだ。
 彼は表情のよく変わる男で、一番面白かったのは俺が姉と付き合っていると告白したあの時だ。一瞬、何を言っているのかわからないととぼけた顔をした後、目を丸く見開いて持っていたフォークを落とした。あの時の顔は傑作だった。写真に残しておけばよかったと今でも思っている。
 二番目は自分が郷楽桃理であると言った時か。あの時は口に運んでいたケーキのイチゴをフルーツフォークごと机に落としたあと、少し考えた顔をして真顔でサインを求められた。
 本当に表情が豊かだ。彼女ももう少し俺の前で表情をくるくる変えてくれればいいのに。
 会社で働いていた頃はあんなに笑ったり悲しんだり悩んだりと弟に負けないくらい表情豊かだったのに、今は一日中ぼーっとしている。
 彼女は本当によく笑う人だった。通勤途中も動物の映像を見て和んで微笑んでいたり、お気に入りの曲をかけているのか口角を上げてかつかつ歩いていたり、ランチは同僚とお気に入りのハンバーグランチを幸せそうに食べていたり、帰宅時は少し疲れている顔をしていた時もあったけど金曜日の帰り道なんて一週間の労働から開放された喜びで少し口元が緩んでいることもあった。
 ずっとずっと側から見ていたんだ。
 その表情一つ一つが、あの子のようで…いやあの子よりも美しくて可愛くてドキドキしたものだ。
 今はその笑顔を見ることは少なくなってしまったが、代わりに俺から与えられる快楽に酔う俺だけに見せる特別な表情を見ることが出来て別の意味でドキドキする。
―ヴヴヴヴ。
スマホのバイブが鳴っている。画面を見ると優君から電話がかかってきていた。俺はマスターと白井さんに頭を下げてスマホを持って店外に出る。
「もしもし」
「真澄さん!昼はすいませんでした!」
「ああ、かまわないよ」
「今ってどこら辺にいます?」
「今はいつものバーにいるけど…」
「りょっす、今から行きます」
「え、あ…優く…」
 通話が途切れた。せっかちなのは少々悪いところだ。俺は直ぐにSMSを開いて彼に駅前で待ってるとメッセージをいれて、店内に戻ると用事ができたと代金を払いその場を後にした。
 きっと優しい彼のことだ。お詫びの品か何かを買ってきているだろう。それも、たぶん俺と彼女が好きな物を。どうせなら今から家にまねこうか。
 きっと今、精神が不安定な彼女も優君に会えば少しは落ち着くはず。家族の顔は今の彼女にとって何よりも安心するものだろう。
「まーすーみさーん」
「優君、こんばんは」
「こんばんは!じゃなくて!ほんっと昼間はすいませんでした!これ大学の近くの店のシュークリームなんですけど」
「ああ、悪いね」
 予想通り彼の手には少し大きめのシュークリーム店のロゴが書かれた箱。
 俺はそれを受け取ってさも今思いつきましたというように口を開く。
「そうだ、今から家来る?」
「えっ悪いですよ!新婚さんの家庭にお邪魔なんて」
「新婚ってまだ結婚してないよ」
「あれっそうでしたっけ…へへへ」
「最近、彼女とあってないだろ?彼女も会いたがってる」
「え?姉さんが?そういえば2ヶ月くらい会ってないっすね」
「うん、たまにはいいんじゃない?お茶淹れるよ」
「でも…時間も遅いですし」
「これ、コピー原稿だけど…家に来れば生原稿みせてあげられるよ」
「ま…じすか…じゃあ…お言葉に甘えて」
 じゃあ行こうかと言ってマンションに歩き出す。
 今度、一度家に一緒に行こう。たまに息抜きをさせなければ彼女の心は本当に死んでしまうだろう。完全に壊れた彼女は見たくない。それはバッドエンドと変わりがないのだから。
 俺は、あの子を殺した。でも今度こそ、彼女は殺さない。
 全てが俺達の味方、綻びのない幸せ、それこそが本当の理想郷。
 後必要なのはひとつだけ。
「ただいま」
 玄関の扉を開けて電気をつける。返事はない。
「姉さーん?」
 優君の声に反応したのか、彼女はそっと寝室の扉を開けて出てきた。
「ゆ、優君…なんで」
「なんでって、真澄さんに遅めのお茶に誘われてさ」
「…」
 彼女が俺に目を向ける。俺はそっと微笑んだ。
「姉さんどうしたの?」
「い…いえ…ゆ、優君上がって」
「んじゃ、お邪魔しま~す」
「ああ、リビング奥だから先行ってて」
「了解です」
 優君はすたすたとリビングの扉を開けて中に入っていった。
「どういう…つもり」
「たまには息抜きって思ってね」
「…」
「俺はちょっと部屋にいるから好きにしてていいよ」
「……どういう」
「だから言っただろう?君の息抜きのためだよ。ああ、優君…シュークリーム買って来てくれたからお茶淹れてあげて」
「…」
 彼女に箱を渡して部屋に入る。少しした後リビングの方から談笑が聞こえてきた。ああ、いつかその楽しげな声を俺に聞かせて。その弟に向ける笑みより可愛い顔を俺だけに見せて、今はこのモニター越しで我慢するから。
「愛してる」
 そっとモニターの額に口付ける。
 理想郷に必要な最後のもの、それは彼女の笑顔だけだ。
 きっとすぐに手に入れて本当の楽園を完成させてみせるさ。
 俺はモニターの電源を落として原稿を持ちリビングに向かった。

END
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